小説「夏の帰り道」『夏の帰り道』 「あーぁ、夏休み一日目に戻んねぇかな」 耳障りな蝉時雨に負けないくらいの声で、俺は叫んだ。二、三歩先を歩いていた潤が、少しだけ振り向いてこっちを見た。 「……それ、去年も聞いた」 汗だくの俺とは違い、涼しげな顔をしてやがる。 「だぁってよぉ、宿題終わんねぇぜ?」 「だから去年も聞いたって。結局、白紙の宿題が残ったんでしょ。あんた、学習能力ないの?」 図星、である。 「何十回夏休みがあっても、あんたは宿題しないわ」 潤はけらけらと笑った。多分、こいつの宿題は七月中に終わっている。 「悪かったな」 「でも夏休みが最初に戻ったら、また始めから課外にでなきゃ」 潤が立ち止まったので、俺は大股で進んで追い抜いてやった。すぐに潤も横に並ぶ。 「構わねぇよ。ちゃんと課外は来てるだろ」 「そ、無遅刻無欠席でね。……授業聞いてるようには見えないけど、何しに来てるわけ?」 可愛くねぇ奴。 俺は少しためらった後、真正面から潤を見て、言った。 「お前を見てんだよ」 潤は一瞬きょとんとした表情になったが、すぐに笑い出した。 「何それ。あんた、あたしのこと好きだったの?」 「おう、悪いか」 頬が熱いのは暑さのせいだ。……多分、きっと、いや絶対。 そんな俺を横目で見ながら、潤は微笑んだ。 「あーぁ、夏休み一日目に戻らないかなぁ」 「何だよ、急に」 「そしたら四十日間、またあんたに見てもらえるじゃない」 そう言いながら、潤が手を握ってきた。夏の帰り道は暑かったが、とりあえず手をつないでやることにした。 夏休みが最初に戻っても今日だけはこのままがいいな、と潤が笑った。 ジャンル別一覧
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